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90年代はウォウウォウの時代だった

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90年代はとにかくみんながウォウウォウと歌っていた。
 
面白いのがこれが80年代でなく、90年代であるということだ。
 
なぜ、90年代の歌詞にウォウウォウが多いのか。

 


H Jungle with t / WOW WAR TONIGHT ~時には起こせよムーヴメント

 
 
 
 
 
 
一言でいうとバブルが崩壊したからである。
 
日経平均株価は1991年に最高値をつけたあと、崩壊する。
 
バブル崩壊とは、急激な不況が訪れたようにも見えるが、実際は、90年代を通して、好景気の雰囲気と不況を象徴する出来事がグラデーションのように世の中を変えていったという表現のほうが正しい。
 
よく指摘されるが、ジュリアナ東京が運営していたのは1991年から1994年までで、お立ち台ギャルというのは、バブル崩壊後の現象である。
 
もう一つ象徴的なのが週刊少年ジャンプの発行部数で、最大の部数である653万部を達成したのが1995年で、日本のCDセールスが最高を誇ったのは1998年である。
 
週刊少年ジャンプのキーワードは、「友情」「努力」「勝利」で、1995年まで週刊少年ジャンプの発行部数が増え続けたのは戦後の高度経済成長を支えた男性原理が有効に機能していたからである。
 
ドラゴンボールも、ろくでなしブルースも、聖闘士星矢も、幽遊白書も、とにかく、敵を倒し、倒した敵が仲間になり、さらなる強い敵が出てきて、努力と友情を大切にすれば、勝利が得られるというバブル景気の価値観が世の中を支えていた。
 
その頃、歌謡曲からJ-POPと名前を変えた音楽シーンで、みながウォウウォウと叫んでいたのはそういった男性原理に基づく現象であったと分析できる。
 
ウォウォウとはWarであり、雄であった。
 

 

ぼくらの七日間戦争

ぼくらの七日間戦争

 

 

大人たちは経済戦争にあけくれ、子供達は大人との戦争に青春を捧げた。
 
1986年に男女雇用機会均等法の施行により、男性原理から男女平等へ法律は変わるのだが、そう簡単に世の中は変わらない。
 
男たちはウォウウォウと叫び、ボディコンの女たちはお立ち台の上で、ジュリ扇を降り続けた。
 
1995年のオウム真理教事件阪神大震災を機に、バブルの熱狂が終わった。
 
2000年を目前に控え、90年代に天下をとることができなかった、つんくは、20世紀に別れを告げるため、バブルに沸いた昭和に別れを告げるため、モーニング娘LOVEマシーンという曲を歌わせ、90年代のウォウウォウに別れをつげた。
 
LOVEマシーン

LOVEマシーン

 

  

どんなに不景気だって
恋はインフレーション
こんなに優しくされちゃ みだら
 
明るい未来に 就職希望だわ
日本の未来は(Wow Wow Wow Wow)
世界がうらやむ(Yeah Yeah Yeah Yeah)
恋をしようじゃないか!(Wow Wow Wow Wow)
Dance Dancin’ all of the night
 
もう、ウォウウォウの時代は、終わった。
いつまでもウォウウォウの時代にしがみつくのでなく、
LOVEマシーンになって、21世紀の恋のインフレーションに身をゆだねようじゃないか
 
男女雇用機会均等法が施行された年に生まれた子供たちが中学生になり、
ウォウウォウと雄叫びをあげ昭和の価値観にすがる男たちを置き去りに、オーディションという競争に敗北した負け組の女の子たちで結成されたアイドルが恋愛至上主義を世に提唱した。
 
時代を変えたのである。
 
 
 
もうウォウウォウの時代はこないだろう。
 
今年再び、日経平均が連投し、かつてとは違ったWarが迫り来る雰囲気が世の中を覆い始めている。
 
いま、求められているのは、ウォウウォウを復活させることではなく、世界がうらやむ恋をすることだろう
 
 

スマホを捨てよ、町へ出よ

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面白い記事を見つけたので、今日はこの件を取り上げてみたい。
といっても、言いたいことは下記の4枚の漫画の中で端的に述べられている。
 
対象がインターネットにしろ、書物にしろ、他人の評価がいかにあてにならないかということである。
 
これだけ情報があふれていると、なにか、インターネット上に書かれたものが信頼に足るものだと思い込みやすい。少なくとも、なんの知識もない自分自身の直感に比べると専門家や経験者の評価のほうが信頼性が高いと勘違いしやすい。
 
事実はまったく真逆である。
情報源が、インターネットにしろ、書物にしろ、所詮、他人が書いたものである。
それが、プロが選ぶ10選にしろ、就職したい企業ランキングであれ、ミシュラン3つ星であれ、信用に足るような情報はほとんどない。プロは狡猾である。あたかもあなたのような素人の直感なんて信用できないでしょ、わたしが教えてあげますよという顔をしてやってくるが、そういった顔は札束でほっぺたを引っ叩かれてできあがっている。
 
他人は信用してはいけないのである。
 
ぐるなび食べログの評価がまさに最たるものだが、そもそも、本当にいいお店というのは、ぐるなび食べログなんかに掲載したりはしない。ぐるなび食べログというのは、そもそも、お金を払わないとお店が繁盛しなくて困るようなお店しか集まっていない。それが広告というものの本質である。テレビCMを打つような商品も本来、体に悪く、粗悪で、ろくでもないような商品しかない。
 
世界中で売られている、世界一有名な砂糖水のことを考えてみればわかるが、身体に悪いのが明らかだからこそ、あれだけ莫大なスポンサードをし続けているのである。一種の免罪符である。
 
テレビCMで流れる、美しい言葉、美しい世界感、誠実さ、そういったものは、すべて免罪符であり、本当に美しくてよいことをしているひとは滅多に表に出てはこない。
 
福本伸行の漫画や孤独のグルメが流行するのは、こういった情報過多時代に対するアンチテーゼだろう。
 
孤独のグルメ 【新装版】

孤独のグルメ 【新装版】

 

 

スマホを捨てて、町へ出ればよい。
重要なことは、他人のモノサシに頼るのではなく、自分でモノサシを作ることである。町へ出て町を観察すると色々なことがわかる。なんの基礎知識も前評判もなく、自分の直感で選択をすると野生の勘が磨かれる。
 
ジャケ買いをしてみる
飛び込みでバーに入ってみる
町で知らないひとに話しかけてみる
無名の映画を見てみる
知らない駅で降りてみる
 
自分が選択し、自分が評価する、ということを繰り返していると他人に左右されない自分だけの評価軸ができてくる。自分だけの評価軸ができるとインターネット上の炎上のようなものがいかにくだらないかがよくわかるだろう。
 
大事なのはネットや書物上の二次情報でわかったような気になってしまうことではなく、自分から現場に行って体験し、一次情報を蓄積することである。
 
日曜日に、一度、スマホを家に置いて、町へ繰り出してみればよい。
最初は不安な気持ちでいっぱいになるだろうが、新たな世界と新たな出会いが待っているだろう。福本伸行が書いているように世界が見えてくるのだ。
 
よく、学校に子供を預けて教師に文句を言う親が問題になっているが、そもそも学校のような劣悪で異常な空間に我が子を預けるからいけないのである。ひとさまに我が子を預けるのだから、まともな教育をしてもらえると思ってはいけない。本当に正しいことは家庭の中でしか教えられないし、どうにもならない時は、学校なんて行かせないか、信頼に足る先生を自分で探してくるべきである。
 
スマホを持つことが当たり前になってしまい、レストランでもカフェでもみんなスマホを見ながら会話している。本当に相手を見て、相手の眼差しや声色、一挙手一投足を観察し、心の底に眠る機微に敏感になり、一期一会の儚い時間の中で相手を究極的に楽しませたり、相手とのドラマティックな駆け引きを楽しんだり、といったような緊張感がほとんどなくなってしまった。これは日本だけなのか世界中での現象なのかわからないが、相手と話をする時は相手に集中するほうがはるかに面白い。
 
今度、カイジがテレビ番組化するようだが、
 
町を歩いているとカイジのような人生に遭遇するかもしれない。
テレビで見るのでなく、自分で体験するほうがよっぽど楽しい。
 
寺山修司は時代を挑発し続けギャンブルの素晴らしさを賛美した。
 
今求めらているのは、ネット炎上ではなく、みずからの人生をギャンブルのように生きる生き方だろう。
 
書を捨てよ、町へ出よう (角川文庫)

書を捨てよ、町へ出よう (角川文庫)

 

 

 

アパレル業界は絶望の後、一番面白くなる業界である

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誰がアパレルを殺すのか

誰がアパレルを殺すのか

 

 

現状のアパレル業界の絶望的な状況を整理した本書は今年話題になった一冊である。
書評に関してはすでにいくつも書かれているのでここでは改めては書かない
 
 
 
仕事柄、アパレル業界や流通業界のいろいろな会社と商談をしているので、この本については、読む前から書かれていることについては、おおよそ理解していたし、想像の範疇を超えなかった。
 
そういう意味では、本書はアパレル業界の予定調和的な結論を綺麗に整理した本だということが言える。
 
ここでは、本書で述べられていない観点とアパレル業界、復活のためのヒントをいくつか述べたいと思う。
 
これは、様々な観点から何度も述べているが、1990年代までは、大きな物語が有効な時代であった。それは、日本が高度経済成長の元に世界一の国になるという物語であり、戦争に負けた国の復活物語であり、欧米の一流国家に追いつけ追い越せで国家が幸せを享受できた時代である。
 
80年代のDCブームはまさに、欧米に憧れる大量消費社会が産み出した現象であった。その時代は、海外の一流ブランドを消費することがステータスであり、欧米のモノマネをただするだけでかっこいいともてはやされた時代である。そういった意味では、80年代、90年代の日本と同じ状況にあるのが中国であり、ルイヴィトンのカバンを買った り、スワロフスキーの宝石を買ったこと自体が自慢できる状況である。これは、非常にわかりやすい環境である。つまりはすべてスペック社会である。appleがいい、サムソンがいい。お前のハードディスクは何ギガバイトだ。俺なんて、テラバイトだぜ、と自慢すれば、ステータスが得られる極めて単純な世界である。中国がアメリカに追いつこうとしているが、中国が生み出せていないのが自国のブランドであり、海外のブランドを消費するだけで経済が回るときは対して努力も必要ないのである。中国もやがて、バブルが崩壊し、日本のように独自ブランドをいかに生み出すかというジレンマに苦しめられる時代を迎えるだろう。
 
90年代に入り、日本社会では大きな物語が崩壊した。ひとつはバブルの崩壊であり、もうひとつはインターネットの普及である。
 
バブルの崩壊は、日本社会に大きなダメージを与え、バブルの頃とはまったく真逆の価値観が生まれた。これがストリートカルチャーであり、日本のファッションを世界一まで高めたサブカルチャーの思想である。お金がないなら、自分たちで工夫すればいいじゃん、古着をアレンジし、異なる文化をミックスし、欧米の常識を否定していく。世界が憧れるクリエイティブな文化がTOKYOに生まれた。
 
もうひとつの要因はインターネットの普及である。ポケベルで男女が待ち合わせをしていた頃は恋愛という大きな幻想があった。たまにしか、相手と連絡も取れない。待ち合わせをしても会えるかどうかわからない。携帯電話もない頃は待ち合わせてうまく会えないとそのまま恋が終わるようなことがたくさん合った。
 
ところが、インターネットが日常生活のリアリティを強化した。
いつでも連絡を取ろうと思えば取れる。
相手が書いている日記がいつでも閲覧できる。
LINEで毎日連絡が取れる。
恋愛とは相手に対する妄想であり、妄想がなくなっていく過程がインターネット発展のプロセスである。
 
最近の若い人のセックスが減っているのは、インターネットのせいだろう。
特に日本では、いつでも連絡が取れる状況というのは、恋愛的価値観でなく、家族的価値観の方が主流になり、恋ということがわからなくなる。
 
 
このふたつの要因により、かつてのアパレル業界が持っていた憧れやステータスが崩壊した。ユニクロの事業拡大というのは、この幻想の終焉がもたらした現象ということができるだろう。
 
本書にも述べられているが、この流れを踏襲すると、これからのアパレル業界が直面する現象がよくわかる。おそらく次は欧米の一流ブランドに対する憧れの終焉が訪れるだろう。これは、本書でもあるようなエバーレーンパタゴニアのような企業がもたらすであろう。トレーサビリティや原価率の開示がこれまでの欧米の一流ブランドが保っていた価値観を崩壊させる。ダイアモンド鉱山が奴隷ビジネスによって成り立っていることがいくらでもインターネットの情報から得られるときにミレニアム世代がダイアモンドを所有することに憧れるだろうか。
 
 
20世紀とまったく異なる21世紀の価値観は、ダイアモンドを所有することを自慢するようなひとは、ただの成金であり、はっきり言ってダサいのである。これは、ダイアモンドだけでなく、ファッションにも車にも住宅にも言える。
 
ジャスティンビーバーwwwww
 
という言葉がまさにミレニアム世代の価値観を表している。
 
まったくクールでないのである。
 
国内でも50代のおっさんがいい車に乗っていることを自慢するときに、今の若者は性格がいいので、すごいですねーというが、内心は、おっさん、ださい、ワロタ、くらいにしか思っていないのである。
 
話を戻すが、これまで様々な業界のひとと話す中で、やはり一番腐っているのが百貨店業界である。
 
アメリカでは、Amazonによって、小売業やショッピングセンターがどんどんなくなっている中で、百貨店業界の多くのひとと会話をしたが、Amazonがライバルだと真剣に思って危機感をもっている企業はほとんどなかった。言葉尻はネット通販だとかオムニチャネルだとか、いろいろなことを言っているが、真剣に取り組もうとする企業は皆無である。まだまだ偉そうに仕入業者からの提案を受けているだけで給料がもらえると思っている部長がほとんであり、この時点ですでに業界としては終わっている。おそらく、10年もすれば、百貨店が建っている場所には、ZOZOTOWNが自社の店舗を構えているだろう。AR/VRを駆使してショールーム型、キャッシュレス型でAIと3Dプリンタを駆使して完全にパーソナルな衣服を仕立ててくれる仕組みを作っているだろう。
 
ユニクロの柳井さんは、いちはやく、ユニクロをIT企業にすると宣言した。
 
 
スターバックスもコーヒーを売る会社がITを活用するのではなく、IT企業がコーヒーを売るという業態にチェンジすると宣言した。こういった企業は生き残ることができるだろう。
 
と散々、アパレル業界の悪口を言ってきたが、実は、逆説的に一番、これから期待しているのが、アパレル業界である。
 
ファッションというのは、単に服がかっこいいというだけではない。
 
ファッションというのは、生き方であり、ファッション業界には、何が本当にかっこいいのかの再定義が求められているのだ。
 
それは、20世紀型の消費型の価値観でなく、例えば、下記の記事で取り上げたような、異文化のミックスドカルチャーであったり、サステナビリティを考えたものづくりであったり、職人さんと触れあることを重視するコミュニティビジネスであったり、AIやセンサーを駆使したIoTデジタルファッションかもしれない。
 
 
いつの時代も時代の価値観の変化はファッション業界にまずは生まれる。
 
世界で初めてのボン・マルシェ百貨店は消費社会という価値観を初めて提示した。
 
今、求められているのは、新たな時代にふさわしい新しい百貨店なのではないだろうか。それは、20世紀の百貨店とは真逆の価値観を提唱する百貨店であろう。
 
 

いま、リアルタイム・ウェブを改めて考える

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リアルタイム・ウェブという言葉は、今、ほとんど耳にしなくなった。
 

基本的にはSNSと関連した文脈で用いられる概念であり、典型的にはTwitterFacebookがその代表例として挙げられる。

TwitterFacebookの成功例や、Google2009年10月から順次それらを検索結果に反映したリアルタイム検索を実施し[1]、各種のSNSがそれに進んで対応したり[2]、更には2010年2月からTwitter類似サービスであるGoogle Buzzの提供を開始するなど、2009年末から2010年初頭にかけて、急速にインターネット産業の1つの大きな潮流になり始めている。

 
Wikipediaで調べてみると、2010年頃に出てきたキーワードで、ちょうど、TwitterFacebookなどのSNSが広まってきた頃である。いわゆる「リアルタイム検索」などがまだ物珍しかった時代である。検索といえば、だれかが書いたブログの記事を2、3日後にGoogleがインデックスして初めて検索エンジンの結果に引っかかるというのが常識だった時代にTwitterの書き込みが瞬時に検索に引っかかることはそれ自体が画期的だった。
 
かつての文脈の中で語られたリアルタイム・ウェブというのはむしろ現在では当たり前になってしまい、わざわざ口にするまでもなく、リアルタイム性が担保されている。
 
ここで取り上げたいのは、むしろ、新たな時代の「リアルタイム・ウェブ」である。
 IoTがもてはやされる時代のリアルタイム・ウェブについて考えてみたい。
究極のリアルタイム・ウェブ、それは、ほぼ遅延がないリアルタイムのウェブ、もしくは遅延やタイムラグがあったとしても数秒以内に収まるようなウェブである。
 
この新たなリアルタイム・ウェブについて考えるようになったのは、「Uber」のアプリを初めて使った時だった。
Uber」のアプリは単純に言ってしまえば、「スマートフォンでタクシーを呼んで」「スマートフォンで料金を払う」仕組みに過ぎない。細かいことをいえば、運転手がプロのタクシードライバーでないとか、評価システムがあるとか、相乗りすると料金が下がる仕組みがあるとか色々な工夫があるが、ユーザーからすると、最も重要なことは、「タクシーがいつ来るか」「ぼったくられないか」の2点であろう。
 
その点でUberのアプリが優れているのは、そのインターフェイスである。
アプリを開くと、近隣の地図が表示され、近隣に停車している、あるいは、近隣を走っている車がミニカーのようにアイコンとして表示される。その車のアイコンをクリックすると、運転手の情報が表示され、オファーを出すことができる。オファーをすると、その車から、現在、自分がいる場所までの到着予想時間が表示され、ミニカーが動き出して、自分のいる場所まで移動し始める。
 
 
ユーザーとしては、車の動きが可視化されているので非常に安心感がある。
この「安心感」こそがUberの優れたところである。
例えば、スマートフォンで電話してもタクシーの配車は頼むことができる。
ただし、いま、どこを走っていて何分後に来るかは一切わからない。
とても不安なのである。
 
Uberにおける「リアルタイム・ウェブ」とは、車の現在地が可視化されて、移動の状態がすべて見えるところである。
 
別のリアルタイム・ウェブについて挙げてみよう。
現在、アジア各国で、ライブストリーミングアプリが流行してきている。
特に中国、台湾、韓国、日本。
日本では、DeNA社のSHOWROOMやLINE社のLINE LIVEが有名である。
ライブストリーミングは一種のクラウドファンディングに近い投げ銭システムと融合し、また、コマース分野にも手を伸ばし、インターネットアイドルたちが展開する独自のカルチャーを生み出している。
 
 
SHOWROOMアプリなどが顕著だが、面白いのは他のユーザーがコメントを発したり、投げ銭を投げ入れたりする様子がリアルタイムで見られることである。元々は、ニコニコ動画が原型になっているであろう、このシステムは、より臨場感を出すための仕組みとして有効に機能している。周りのユーザーのアクションを他のユーザーにも見せることにより、一種のお祭り感が演出でき、参加者もライブ感、一体感、高揚感が味わえる。
 
SHOWROOMにおける「リアルタイム・ウェブ」とは、他のユーザーのアクションが可視化されて、一種のお祭り感が楽しめることである。
 
さらに、別のリアルタイム・ウェブについて考えてみよう。
 
企業経営の分野では、BI(Business Inteligence)ツールが流行っている。
これも一種のリアルタイム・ウェブである。しかしながら、本当にリアルタイムかというとそうでもないこと多いだろう。本当にリアルタイム性を担保するためには、クラウド上ですべてのデータをリアルタイムに管理する必要があり、一部のIT企業を除けば、まだまだ基幹システムをすべてクラウドで構築という企業は少ないのが現実であろう。
しかし、いずれ、すべてのデータをクラウド上で管理するようになれば、企業経営をリアルタイムで可視化するリアルタイム・ウェブが実現されることになる。
 
BIツールにおける「リアルタイム・ウェブ」とは、企業経営の重要な指標がリアルタイムにビジュアライゼーションされ、グラフなどで表示されることである。
 
BIツールではないが、カルペルスキーのサイバー攻撃MAPなどは見ているだけでも楽しくまったく飽きない。

cybermap.kaspersky.com

 
これも優れた「リアルタイム・ウェブ」の一種だろう。
 
こういったように、ところどころで芽のようなものが息吹いてきているリアルタイム・ウェブだが、まだまだリアルタイム情報が開示されることで面白くなったり、便利になったりすることはまだまだあるのではないだろうか。
 
例えば、まず、満席/空席情報である。
電車、ホテル、タクシー、飲食店、イベントスペース、映画館、こういったものの満席/空席情報は可視化されていない。業務システムでは予約システムなどが利用されていて従業員には可視化されているケースもあるかもしれないが、一般ユーザーにはまだまだ表示されていないことも多い。特にリアルタイムに状況が確認できるような仕組みがあるかといえば疑問である。
 
次に、駐車場の空き情報やトラックの積載物の情報、物流に絡む物品や輸送車の移動情報も可視化されていない。
これは、最終的にはRFIDタグなどの利用が必要かもしれないが、宅配会社に宅配物の移送状況を問い合わせたことのある人は多いだろう。すべて、リアルタイムに可視化してユーザーにOPENにすれば良いのだ。そうすれば、ユーザーとしても、いちいち、問い合わせをする必要がなくなる。宅配会社では、荷物の再配達が問題になっているようだが、宅配スタッフのプロフィールと顔写真といま現在の場所をリアルタイムにLINE上に表示でもすれば、ユーザの方が勝手に希望の宅配時間をチャットで送ってくれるだろう。このスマホ全盛期に、宅配会社のスタッフ側から、ユーザーに電話で家にいるかどうか確認したり、届けてから不在を知るというような方法は非効率的であり、ナンセンスである。そんなことをして送料を値上げするくらいなら、ユーザー側から再配達にならないような配達の方法を入力させる仕組みの方がよっぽどよい。
 
SHOWROOMのような、インターネット上での一体感というテーマではまだまだ面白いサービスや取り組みができるであろう。もともと、インターネット自体が得意とするのは、非同期型コミュニケーションである。例えば、掲示板への書き込みに対して、数時間後や数日後に別のひとがコメントするといったような時間や空間が異なる相手ともコミュニケーションが取れるというのがインターネットの良いところである。しかしながら、ソーシャルゲームでのユーザ同士のコミュニケーションのようにリアルタイムにコミュニティが形成されることによる面白さもまだまだ追求できるのではないだろうか。
 
例えば、インターネット上でのリアルタイムの会議や討論会、バーチャルな出会いパーティや飲み会、教育サービスなどの可能性もあるだろう。
 
おそらく、今後、前述のRFIDタグの普及、VR/ARデバイスの普及、センサーテクノロジーや、AIによる認識技術の普及により、現在のリアルタイムな状況をWeb上で閲覧できる。または、VR/AR上でバーチャルに体験できるというWebサービスは次々に出てくるだろう。
 

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いま利用しているWebサービスで、何が、リアルタイム化されていないか?
 
こう考えると新たなWebサービスを考える上でのヒントになるかもしれない。
時代は新たなリアルタイム・ウェブの出現を希求しているのだ。
 
 

「部下の気持ちが読めない人」は何の能力が不足しているのか

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blog.tinect.jp

 

面白い記事があったので、余興としてまったく逆のことを述べてみたい。

 

これはコミュニケーションというものがいかに難しいかという例であり、また、コミュニケーションの一番面白いところである。なので、上の筆者とまったく逆のことを述べているように見えるかもしれないが、結論は同じである。(※この記事は上の記事を読んでからでないと面白みがわからないので、対比してみてください。)

 

世の中には様々な人がいるが、その中には残念ながら

「部下の気持ちがまったく読めない人」

がいる。例えば、こんな具合だ。

 

上司:「昨日、顧客訪問が3件あったと日報に書かれてるけど、今期の受注に繋がりそうな成果があれば、報告してもらえる?」

部下:「あ、一つ困ったことがありまして。お客さんから会社の概要について詳しくわかる資料はないか、と聞かれたんですよ。」

(※受注は取れていませんし、つながりそうな成果もありません。そもそもサービス案内がイケてないので、営業しようにも限界があります。まずやるべきは営業する前に資料を充実することではないでしょうか?)

 

上司:「(成果を報告しろと言ったのに……)会社案内なら、この前発注をかけたので、後ろの棚に入ってるよ。」

部下:「いえ、あれじゃダメなんです。」

(※それじゃダメだから言っているのに、この人は何言ってるのかな?)

 

上司:「なぜ?」

部下:「違うのがほしいということでした。」

(※だから、なぜ?じゃなくてダメだから違うのにしなきゃいけないって言ってるのになんでまたいちいち聞かなければわからないのかな、このひとは)

 

上司:「(は?質問に答えろよ……)いえ、私が聴いているのは、「なぜダメなのか」だから、理由を教えてもらえる?」

部下:「うちの会社案内、サービス案内が不十分だと思うんですよね。」

(※なぜ、じゃなくて、いち早くサービス案内を私のアイデアで充実させれば一瞬で済む話なんだけど)

 

上司:「あなたの意見ではなく、お客さんがなんと言っていたかを教えて。」

部下:「ですから、違うのがほしいと。」

(※私の意見とかお客さんの意見とかどうでもいいでしょ。どっちが言おうがダメだから言っているのに)

 

上司:「(イライラ)いや、お客さんが、なぜこの会社案内がダメだと言っていたのか、聴いてないの?」

部下:「えーと、さっきも言ったとおり、サービス案内が不十分だったと思いますが。」(※(イライラ)だから早く、サービス案内を充実させろって言ってるのに)

 

上司:「(イライライライライライラ)だーかーらー、あなたの感想ではなく、なんてお客さんが言ってたんだよ?」

 部下:「あ、それは聴いてません。でも多分サービス案内のせいだと思います。」(※(イライライライライライラ)だーかーらー、お客さんはわざわざそんなこと言わないけど、お客さんの反応みてればサービス案内が問題だって一瞬でわかるんだから。サービス案内充実しない限り営業効率が悪いんだって)

 

上司:「(結局聴いてないのかよ)……わかりました。聴いてないと。ではなぜ、サービス案内のせいだと?」

部下:「会社案内を見せたら、サービス案内のところを見て色々と質問してきたからです。」(※理由はもういいでしょ。余計な時間かかるんだから。サービス案内がダメだからダメなの!)

 

上司:「どんな質問があった?」

部下:「詳しくは忘れました。あと、秘密保持契約を締結してほしいと。」

(※お客さんのことはもういいですよ。やる気なくしました。もう仕事する気なくなったから秘密保持契約のことでも適当に話してさっさと帰ろ)

 

上司:「最初に言ったとおり、昨日の顧客訪問3件の成果を報告して。」

部下:「それなら、昨日すごいお客さんと話が盛り上がったんですよ。」

(※そういえば、昨日、お客さんと話した話楽しかったなー)

 

上司:「(ハア?)盛り上がったのがが成果?」

部下:「たまたま出身校が同じだったんですよ。」

(※出身校の話という最高のきっかけをGETできたからもう受注まで間もなくだな。今度は、出身校の話から地元トークで盛り上がって飲みに行って受注とるだけじゃなくて上司も紹介してもらおう)

 

上司:「(質問に答えろよ……)だから、仲良くなれそう、というのが成果なのか?」

部下:「成果、ではないですかね。」

(※このひと、営業したことないんじゃないの。あっても絶対、仕事取れないタイプだよね)

 

上司:「(ハア?)お客さんと盛り上がるのは手段で、営業の成果はそこじゃないだろ。」

部下:「いや、でもお客さんとの人間関係は大事ですよ。」

(※(ハア?)成果でてたら、いち早く報告するに決まってんだろ。上司なら俺の気持ちをちゃんと読めよー。営業で一番強いのは人間関係だろう)

 

上司:「(こいつ頭悪いな……)最初に「受注につながる成果を報告」と言ったはずだが。」

部下:「あ、スミマセン。特にそのお客さんからの注文はなさそうです。」

(※(こいつ頭悪いな……)もういいや、このひとと話しても次につながらないし、「時間の無駄だから帰って酒でも飲んでどうやってお客さん口説き落とすか考えよう)

 

上司:「(怒)あhdそふあdなえうぃおdhがいg」

部下:(※今度、お客さん、キャバクラ誘ってみよっかなー。あ、あのお客さん、釣りとか好きそうかも?)

 

コミュニケーションが全く噛み合っていない状況はよく見受けられる。

普段、他愛もない話をしているときには我慢できるが、仕事になるとこれは結構困りものだ。

 

上の場合は残念ながら、上司のコミュニケーション能力が著しく不足していると言わざるをえない。

 

特にマズいのは、以下の4点だ。

 

1. 部下の適性を理解していない

部下が理系的なロジカルな性格でも、体育会系的な数字目標を与えられたらゴールに向かって努力する目的志向型の部下でないのにもかかわらず、部下の適性を見極めた適切な対応ができていない。
 
部下が直感型・感情型・プロセス指向のタイプであれば、やるべきことは受注件数を聞くことではなく、部下の気持ちを盛り上げて受注を取って来させることである。受注件数なんて所詮、営業努力の後の単なる結果である。適切な営業プロセスを踏めば結果なんてあとからついてくるのである。
 
2. 相手のタイプに合わせたコミュニケーション手法を取っていない
部下が上記のタイプの場合、上司として的確なコミュニケーションは、部下のモチベーションを上げることであり、グルーブ感を大事にし、ノリを作り出す中で自然な情報収集をすることである。リズム感のない余計な質問は部下のやる気をそぐだけであり、仕事に対するモチベーションを下げるだけである。こういったタイプの部下は理由なんてわからなくても直感で正解が導き出せるタイプである。上司としては、いちいち理由にとらわれず、部下が直感で感じた問題点を尊重し、どうすれば良いかをともに考えることが改善につながる。
 
3. アイデアを出させていない
自分の意見と他人の意見の区別がつかないタイプは、本来、企画が得意なタイプであり、上司がやるべきは部下が適切に指摘したサービス案内に対するクリエイティブなアイデアをその場で出させることである。結局、この上司はアイデアを出すのが苦手なので、翌日になってもサービス案内の修正もできず、いつまで経っても受注件数はどうだと聞いているだけのようにみえる。サービス案内が充実しないと受注が取れないと部下が一瞬でお客さんの気持ちを代行しているのだから、それが自分の意見とか相手の意見とかつまらないことにこだわるべきでなく、さっさと部下のアイデアでサービス案内を修正すべきである。
 
4. 先読みができていない
部下と話した瞬間に、部下のテンションが上がっていないということは、受注が取れていないし、受注につながる件数も低いということである。こんなことをわざわざ聞かなければいけない時点で、部下の顔色を読み取る能力が低い。受注が取れているなら、部下はテンション高く、部長、きいてくださいよー、今日、お客さんが発注してくれたんですよー、最高に嬉しいですよーとすぐに報告がくるはずである。
そうでなければ、商談が進んでいないか、自分が信頼されていないか、または好かれていないということであり、そんなことを聞く時間や日報を書かせたりする無駄な時間があれば、さっさと部下にお客さんのところに行かせて仲良くさせて人間関係を作らせるべきである。結局、人間関係で仕事をとるタイプが最後には一番仕事を取ってくるのである。こういうタイプはデスクに縛りつけられたり、数字で詰める無能な上司の下で働くとポテンシャルを根こそぎ奪われて能力も発揮できないのである。部下が過去志向か未来志向かを適切に見極めた上で、未来志向のタイプには、自由に泳がせながら営業数字が上がるように導くべきである。
 
 

何気ない会話であれば、相手と噛み合わなくても会話になってしまうのが、人間の素晴らしいところではあるのだが、仕事において「噛み合わない」は、後に重大なトラブルに繋がる可能性もある。

 

至極当たり前のことなのだが、

・相手のタイプを見極める。

・相手に合わせたリズムと語彙で話す。

・アイデアを出させて問題をすぐに解決する。

・先読みして余計なことを聞かない。

この4つを意識するだけで、コミュニケーションの効率は劇的に変わる。

「お前の言っていることはよくわからない」と言われてしまう人は、この4つのいずれか、または全てに不調がある。

 
 
(正解)
 

上司:(部下のA君のテンションがあまり上がっていないということはまだ受注が取れていないということだな。何があれば営業にのめり込んでくれるだろうか)営業どう?

部下:「あ、一つ困ったことがありまして。お客さんから会社の概要について詳しくわかる資料はないか、と聞かれたんですよ。」

 

上司:どんな感じの資料があればいい?

部下:「うちの会社案内、サービス案内が不十分だと思うんですよね。」

 

上司:サービス案内、確かにいけてないよねー、うちの会社、なんか考えてよ、面白いアイデアない?

部下:サービス案内を漫画で作るのどうですか?漫画なら誰でも楽しんで読めるし。うちの会社硬いから、最初に営業に行った時にちょっとお客さんもほっこりしてくれるかと

 

上司:いいねー、最高、そのアイデア。誰か漫画かける人いる?

部下:うーん。周りには、いないかな、、、

 

上司:そうだ、お客さんのところに行ってきて相談してきたらどう?人間関係大事だよ。特に年上のお客さんにはたくさん相談して、懐にもぐり込めば、なんかんだ可愛がってくれるんだから。

部下:ですよねー。僕もそう思ってたんです。いますぐ、お客さんのところに行って、漫画のアイデア、一緒に考えてきます。あと、お客さんとたまたま出身校が同じだったんですよ。

 

上司:本当に!?すごい偶然だね。最高だね。もう仕事取ったようなもんだよ。

部下:まじすか?いますぐ行ってきます!仕事って超楽しいですね。僕、実は、昔、漫画家になりたかったんですよ。アイデアならいくらでも出ます。お客さんの地元ネタとかちょこっと織りまぜて僕ががんばってサービス案内作りますって言ってきます。

 

上司:いいねー。がんばって!

部下:行ってきます!

 

上司:やっぱり、あいつはテンション高くしたらガンガン伸びるタイプだな

部下:上司、やりました!お客さんとマンガの話で盛り上がって発注してもらえることになりました!!自らサービス案内のアイデア考えて作ろうとする姿勢もすばらしいと褒められました。あと、お客さんもお酒が大好きで今度、飲みに行こうと盛り上がりました。

 

上司:よくやった!営業取れたお祝いに飲みにいこう!

部下:はい!たくさん飲んで明日も営業がんばります!

 

愛国にこだわるバカ、外国に憧れるバカ

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愛国心はとても重要で尊いものであり、また、外国に憧れてその国のよいところを必死で取り入れようとする姿勢がその国を成長させ、発展させる。
 
だが、愛国心と外国に憧れるバランスが悪いひとは、抽象的な幻想にのめり込んでしまい、本質が見えなくなってしまう。
 
日本が好きで好きで堪らないあまり、海外の価値観を否定し、ヘイトスピーチにのめり込み、伝統に少しでも反する価値観を全面的に否定する。実はこういうひとが見ているのは本当の日本の姿ではない。自分の妄想の中で作り上げた幻想の日本像であり、ナルシスティックな己の自尊心そのものである。
 
 
ここでも述べたように、人間は自分の妄想にとらわれやすい。仏教の教えが無になれというように、自分の苦しみとは自分が作り上げた妄想によって陥る罠である。そういう状態に陥ったときのコツは相手や周りを素直に何も考えず、「観察して」「見る」ことである。
 
同様のことが海外に対する憧れについても言える。
 
自国に対するトラウマがあるひとは全面的な自国批判に陥りやすい。例えば、日本に帰ってきたばかりの帰国子女はまず、日本社会でいじめられるとことから青春時代が始まる。
 
アメリカはこうなのに、イギリスはこうなのに、日本の、陰湿で甘えが多く、自我が確立されていない曖昧な価値観にイライラし、絶望的な気分を味わう。
 
これは、夏目漱石が味わったジレンマであり、明治維新を起こした若者たちが感じた苦悩である。
 
私の個人主義 (講談社学術文庫)

私の個人主義 (講談社学術文庫)

 

 

だが、他国礼賛にすがってはいけない。どの文化や国にもいいところと悪いところがあり、日本人はこういうところがダメだといえばいうほどあなたは孤立していく。
 
愛国にこだわるバカ、外国に憧れるバカ。これはグローバル社会以前に陥りやすい罠であり、21世紀を生きる私たちが継承すべき価値観ではない。
 
 
伝統と革新の考え方に関して、すばらしいプロジェクト「WAFRICA」を例に挙げてみたいと思う。
 
例えば、日本の伝統文化を担うひとたちは、伝統文化を変えずに継承することが伝統文化の保存だと勘違いしやすい。だが、実はそうではない。伝統文化をそのままの姿で継承することはその文化の衰退にしかつながらない。本当に継承すべきは「考え方」そのものであり、「アウトプット」の「プロダクト」そのものではない。
 
そのことを一番わかっていないのが今の着物業界である。
 
 
デービッド・アトキンソンが指摘している通り、昔の着物は普段着であり、価格も適切な価格であった。
 
ところが、着物業界は洋服の波に押される一方の高度経済成長期の中で、革新を生み出すことができなかった。着物業界が行ったことは利権を作り、組合と師弟制度を作り、新しい試みを行うものを排除し、最後には、押し売り商法やサクラ商法で150万円の着物をおばあちゃんに売りつける悪徳商法に頼った。
 
つまり、腐ったのである。
 
着物✖️ジーンズや、ナイキと着物のコラボ、着物とモードの融合、ユニクロ✖️着物、あらゆるチャレンジングな可能性があったにもかかわらず、業界はそういったものを一切、排除してきた。
 
その結果、もたらされることは、着物の衰退であり、伝統工芸を担うひとたちの減少であり、優秀なクリエイターたちの幻滅による業界からの撤退である。
 
このままでは、誰も着物など着なくなるだろうし、着物を作れるひともいなくなるだろう。
 
「WAFRICA」とは、新たな価値の創出である。
 
日本とアフリカのコラボということをきちんとすばらしいプロダクトにしたところがすばらしい。
 
着物業界が本来、やるべきはこういうことであり、こういうことができなければ、着物に将来性はない。
 
これからの時代を担うのは、ディアスポラたちのクリエーションである。

 

 

ディアスポラ=移民、異人、国家から排除された人々。複数の国家の間で生まれアイデンティティを確立できない民。 

 
日本とアフリカのコラボを行うとどうなるか。
 
残念ながら、あなたは、日本人とアフリカ人から村八分にされ、袋叩きにあう。
 
これは、日本の伝統ではない。これはアフリカの伝統ではない。
 
そういった愛国のバカにいじめられ、排除される。
つまりは、蝙蝠の扱いを受けるのである。
 
だが、繰り返すが、これからの時代をになうのは、ディアスポラである。
 
 
椎名林檎が優秀なのは、音楽としてJAZZを選んだところである。
 
凡庸なプロデューサーなら、音楽の選定に、だれもが思い浮かべる日本の伝統音楽や、クールジャパンという文脈で理解されるわかりやすいゲームやアニメやアイドルの音楽を選んだだろう。
 
だが、椎名林檎は、あえて、日本文化と言われたときにだれも思い浮かべないであろう、JAZZを選んだ。
 
これこそが、新たな日本のイメージに対するチャレンジである。
 
WAFRICAと同様、国境を越え、アイデンティティをずらし、ステレオタイプな自国のイメージを崩し、崩壊させていく。
 
これこそが21世紀に求められていることである。
 
文化の盗用が問題になるのは、盗用そのものでなく、ステレオタイプなもの(しかも間違いやすい)をただ単に使うから問題になるのである。
 
 
愛国一辺倒でなく、海外への憧れ一辺倒でなく、ステレオタイプを覆す新たなクリエイティブ、時代が求めているのは、そういったものを生み出せる人材である。
 

AmPmのヒットに見られるガラパゴスミュージックと音楽業界の衰退

 

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AmPmというミュージシャンがいる。詳しいことは下記のサイトを読めばだいたい理解してもらえると思う。
 
簡単にまとめると、無名のミュージシャンがSpotifyを利用して人気になり、海外ファンが90%以上という状態を作り出しているということである。
 
 
 
 
 
日本の音楽業界のことについては、ブログの筆者が『ヒットの崩壊』という本に書いているようなので改めて読んで、また感想をブログに書いてみたいと思うが、ある程度は読む前から想像がつく。
 
おそらく、
 
・ CDという販売形態にこだわった日本の音楽業界がたよった握手会商法への批判
・ デジタル定額ストリーミングの世界的な普及とユーザの視聴行動の変化
Youtubeがもたらした言語の壁の越境
・ チャンス・ザ・ラッパーの成功にみられるインディーズとメジャーのバランスの崩壊
 
このあたりを中心に、ヒットの方程式が変わってきているこに、日本の音楽関係者はもっと敏感になったほうがよいというような論旨ではないかと予想される。
 
上記をベースにさらに筆者が深い考察や分析がなされているかは改めて本を読んでから書きたいと思うが、ここでは、AmPmについての見解を述べたいと思う。
 
まず、彼らの音楽や作家性そのものは決して特別なものではない。
 
音楽自体は聴きやすくお洒落でわかりやすいchill musicである。
 
謎の覆面アーティストと謳われているが、覆面自体はDaft PankやMAN WITH A MISSIONにみられるようにすでに先行事例があり、決して特別なわけでない。むしろ、特別なことをしようという意気込みもなく、単に顔出ししたり素性をさらけだすことによるメリットがなかっただけのことだろう。
 
面白いところの一つ目は、彼らの本業が音楽ではなくデジタルマーケティングにあるところだ。インタビューではクリエイティブと書かれているが、おそらくデジタル系を中心としたクリエイティブプロダクションではないかと予想される。
 
そして、端的に言えば、デジタルマーケティングのプロがきちんとした現代的な戦略をとって、音楽がある程度、世界のトレンドに乗っていれば、それなりに日本のメジャー音楽プロダクションよりよい成果が残せるという単純な話である。
 
これは、ひとつのイノベーションのジレンマの形でもあり、日本の既存の音楽業界が、できるかぎりヒット(特に国内)を狙えば狙うほど、予定調和な音楽しか生み出さず衰退の一途をたどり、副業的に自由な発想でクリエイティブな活動を行うインディーズに勝てないというガラパゴス現象の象徴である。
 
日本の音楽シーンの中で、どのような楽曲を作ればどの程度売れるかという方程式はすでに音楽業界のプロであれば頭の中にできている。しかしながら、そこから脱却することがなければ、結局、日本では、盆踊りや演歌のようなJ-POPしか流行しない。
 
長くアイドルブームが続いているが、やっていることは踊り子たちが盆踊りを踊っているだけで、特に目新しい要素があるわけではない。日本では何百年前からやっていたことである。
 
異常な枚数CDを買いすぎてニュースになる若者がたまに話題になるが、百年以上前でも、稼いだお金をすべて注ぎ込んで踊り子にのめり込む若衆もいたことであろうから、昔から何百回も繰り返されてきたことである。
 
日本でそれなりに流行した後にレコード会社やプロダクションが世界進出を狙わせることも多いがこれもほとんど成功しない。
 
盆踊りがUSAヒットチャートで上位にならないのは、日本のヒットチャートでインドネシアケチャがある日、突然、ヒットしないのと同様で、国民性や文化により、何を気持ちいいと感じるかが異なるので、本当にヒットを狙うのであれば、国民性を理解した文脈に乗せて戦略を練る必要があるが、日本の音楽業界はグローバルビジネスが苦手なのでこれがほとんどできない。やるべきことはクールジャパンという意味のわからない標語に基づいて盆踊りの押し売りをすることでなく、文化人類学や宗教を学んで相手の国のフレームワークを理解することである。西洋という単純な言葉で呼ばれるが、キリスト教を理解せずにアメリカのヒットチャートの上位をとることは絶対にできない。
 
中には、グローバルなトレンドを熟知しているプロデューサもいるかもしれないが、会社のしがらみが原因でほとんど有効なことはできない。
 
むしろ、チャンスはそういったしがらみに縛られないインディーズのミュージシャンにある。
 
インディーズミュージシャンが成功したければ、本当にやるべきことは、メジャーの亜流のような2軍的な発想ではなく、世界を見据えたマーケティングであり、しっかりとしたデジタルマーケティングなのである。
 
今後、AmPmの成功に触発された若いミュージシャンが次々に自由な発想で世界を意識し始めるだろう。soundcloudを主戦場に、CDを一枚も出さずに、有料音楽を一切配信せず、東京ドームを埋め尽くすスターも出てくるかもしれない。成功するコツは、テレビにもラジオにも、メジャーレーベルとも既存の音楽事務所とも一切、契約しないことである。もし契約するなら、デジタルマーケティングのプロと契約する方がよい。マーケティングするのであれば、デジタルデータのマイニングをするべきであって、競合はソニー東芝ではなく、AmazonGoogleだと思った方がよい。
 
売れるまで素性を一切明かさないことも重要かもしれない。
所詮、日本は村社会である。
中途半端な迎合は村八分を生み出す。
 
徹底的に、日本の音楽シーンと既存の商流を無視することが世界的に有名な日本人ミュージシャンを生み出していくだろう。若いアーティストに求められているのはグローバルベンチャーを作って、大きくしようという意気込みと戦略である。
 
すでにヒントは出てきている。楽しみである。